古銭に歴史あり。歴史的背景と古銭の種類

銭形平次で有名!寛永通宝

時代劇の銭形平次が投げている銭貨として、寛永通宝はとても有名です。寛永通宝は寛永期つまり徳川家光の時期から作られた銭貨のことをいいます。寛永通宝は日本の全国で流通されており、幕末期まで鋳造されていました。
寛永通宝は一見するとすべて同じように見えますが、裏側をみてみると模様が刻まれているものと刻まれていないものがあります。裏側に波のような模様が刻まれているものは四文銭、裏側に何も刻まれていないのものは一文銭として流通していました。またこの寛永通宝は作られた時代で呼ばれ方が違い、1659年までに鋳造されたものを古寛銭と呼んで、1668年から鋳造されたものを新寛銭と呼びます。この古寛銭と新寛銭は作り方が違うとされている。

価値の低い小判?元禄小判

元禄小判とは、元禄期つまりは犬公方として知られる徳川綱吉の時期に作られた小判です。この元禄小判は、金の含有量が通常の4分の1程度しかなく、通常の小判よりも価値が低くなります。なぜこのような小判が作られたかというと、寛永期以後から佐渡金山の産出量が激減してしまい、さらには長崎貿易によって多くの金・銀が海外に流れてしまいました。
これを受けて勘定吟味役の荻原重秀は金の含有量を下げた元禄小判を作ったというわけです。しかしこの元禄小判は、物価高騰つまりはインフレを起こしてしまい、経済に大きな混乱を与えてしましました。江戸幕府の長い歴史の中でも、この元禄小判は愚策として知らされています。また元禄小判は元禄金と呼ばれることもあります。